【変形性股関節症生活記】自責思考と心身相関
「変形性股関節症」と診断されて以来、ときどき、自分の人生においてこの障害を体験してきたことにどんな意味があったのだろうか?と思い返すことがあります。
それは・・・
後になってから思えば、当時の状態で受ける必要はなかったかもしれない股関節の自骨手術(臼蓋回転骨切り術)。
体験談その他、本ブログでもこの手術体験については、ネガティブに語ることばかりでした。
ですが、手術を受けたこと及びその後の苦闘を通じて、
自分の身は自分で守る
という基本的な人生観を身につけることができました。
ひねくれ者で他責思考の強かった身としては、そんな当たり前のことを頭ではわかっていても、現実には自らの問題として受け止めることができていませんでした。
「いま」の自分があるのはすべてジブンが決めてきたことの結果であり、ヒトのせいではありません。
当たり前ですよね。
手術を受けるという決断について言えば、医師の診断と進言に頼ることしかできなかったため、受けざるをえなかったというのが正直なところですが、最終的にそれを決めたのは自分自身。
そして、術後に完全に元通りになるはずもないのに、医師の「ほぼ元通りの生活ができる」という言葉を鵜呑みにし、いや誇大解釈していました。
筋トレはガンガンにやりましたし、(手術によって脚長差の問題が生じたものの)日常生活ではほぼ問題ない生活ができるようになったことで、一時は自分はほぼ元の健常者に戻れたのだ!という錯覚をしていました。
視方を変えれば、医師による将来へのお墨付きがあったことを信頼していたのだとも言えますが、実際には、医師の大丈夫という言葉に甘んじ、もし何かあっても何とかしてくれるだろう、何とかなるだろうくらいに考えていたように思います。
当時はまだ20代で若かったし、無理をしても何とかなってしまっていたことも災いでした。
自分の身体のことを軽く考えていました。
わたしの場合、先天性の股関節脱臼、臼蓋形成不全が原因となって股関節障害を発症したのであり、いわば生まれ持った宿命です。
誰をも責めに帰すことなんてできないし、する必要もないのですが、どこか他人事のようで自分の問題として受け止めることができていない自分がいたようにも思います。
ですが、手術をしてから10年も経たないうちに状態が悪化して酷い痛みに苦しんでいた頃、医師に頼っていれば何とかなると考えていた自分の未熟さに気づかされ、そして自ら行動して調べ・考え抜いた末に深圧に出会い、(手術はせずに)保存療法で何とかするという決断をしました。
このとき、本当の意味で初めて自分の身体に対する“自責思考”が芽生えたのだと思います。
その後も葛藤の日々は続きました。
短期集中的な深圧治療によって一時の酷い痛みからは解放され、何とか大きな支障なく日常生活ができるようになったものの、仕事と体調管理のバランスを上手くとることができない日々が続きました。
やはり、生活の中心である仕事で心身ともにストレス過多になると、股関節の好不調の波も大きくなり、気持ちが落ちてしまうことも少なくありませんでした。
それでも、(深圧に頼りつつも)自分の身体は自分で守るという思考が根付いたせいか、股関節リハビリだけでなく、心身のストレスコントロールのためにいろいろなことに試行錯誤しながら、ゆっくりとながらも改善の道へと進んでいきました。
いま振り返ってみても、自分の考え方や心(マインド)をコントロールできるようになったこと、言い換えると心と身体がいい具合に相互作用するようになったことが、股関節の改善にとって一番重要なポイントだったと思います。
心身相関
「心身一元論」(心と体には相関関係があること)は古代ギリシャの時代から言われていることであり、これに異論を唱える人は少ないでしょう。
心が病んでいると、身体も病むし、その逆もあり。
自分の体験からも、その通りだと心底思います。
この身体は誰の身体なんだ?
自分はどうなりたいんだ?
医師の言うことだけを盲目的に信じて(早まって)手術をしたことへの後悔、他責思考があったことは事実ですが、それによって「いま」の自分があるのですから、すべてが自分が成長するための糧でだったのだと思えるようになった「いま」が幸せです。
「天は自ら助くる者を助く」
余談ですが、手術で入院していたときのこと。
同じ入院患者フロアに、車いすのおばあさんがいました。
入院していた病院はリハビリテーション病院であり、リハビリに重きを置いていることもあって、そのおばあさんもいつもゆっくりとながら一生懸命に自力でタイヤをまわしています。
食事の時間になると、そのおばあさんはいつものようにゆっくりゆっくり車いすで食堂に向かっていきます。
時間もかかってしまうため、食事の席につくのも一番最後。
そんな姿をみるとつい手助けしたくなってしまい、車いすを押してあげることもしばしば・・・
ですが、看護師や病棟のスタッフにそんなところを見つかってしまうと、「手伝ってはダメですよ!」と必ず注意されていました(苦笑
「情けは人の為ならず」ですね・・・(ただし、誤用の意味の方)
まずは自力で動く。
本当に困ったら人に頼る。
そんな当たり前ですがとても大切な原則を身をもって学べたのですから、やっぱり股関節に障害をもって生まれたことに意味があったのだと思っています。
2024年11月10日
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