プロフェッショナルとは?
突然ですが、皆さんは「プロフェッショナル(プロ)とは何か?」なんて考えたことはありますか?
または、自分が「プロ」であるか否か?について思いを巡らせたことはありますか?
わたし自身はというと、初めて就職した会社の上司から「お金をもらって働いている以上、プロとしての意識をもて」と言われたとき、初めて「プロ」という言葉を意識するようになりました。
それまで、わたしにとっての「プロ」といえば・・・
プロ野球選手やサッカー選手、芸能人といった日常とは違う世界の人たちのこと、またはある分野を突き詰めた専門家のような人たちのこと。
仕事をするようになって初めて自分のこととして意識するようになった「プロ」という言葉。
そもそもの言葉(英語)の意味としては、
Professionが、高度な教育や訓練が必要となる仕事、
そこからProfessionalとして、職業人、熟達者という意味です。
抽象的な意味であり、現実の世界では様々なプロの定義があるものです。
表現として、「一流」、「さすが」と形容されるのがプロである、ということもあります。
また、お金をもらって働くことだけが「プロ」と言い切ってしまうのは短絡的であり、お金をもらっていなくとも「プロ」と言われる人たちだっています。
求められた結果(成果)を出すことのみならず、生き様であったり、在り方であったり、定義も形態も千差万別。
大学を出て仕事をするようになって以来、わたしにとっては、お金をもらっているからにはそれに見合う以上の成果を出す、というくらいのイメージでしか意識していませんでした。
そんな自分でしたが、目指している方向性や生き様という観点から非常に強い共感を覚える「プロ」に巡り会ったことがあります。
プロフェッショナルとは、
『自分の信念を人からの信頼に変えてゆくことができる人』
看護師・小山珠美
私事ながら、妻が看護師であり、これまで訪問看護師として主に生活が不自由な高齢者やALS(筋萎縮性側索硬化症)などの重病患者の方々の生活を支えてきました。
もう数年前のことですが、その妻が看護学生だったときの恩師がNHKテレビ『プロフェッショナル 仕事の流儀』に出演するとのことで、わたしも妻と一緒にテレビに向かいました。
小山珠美さんは、「食べさせるプロ」です。
脳卒中や肺炎にかかったことをきっかけに医師から「食べることあきらめるように」と指示される高齢者は少なくないそうですが、そうした「摂食えん下障害」を抱える人たちの食べる力を回復させるプロなのです。
これまで小山さんが担当した患者のおよそ二千人のうち9割が再び食べることができるようになったというから驚きです。
小山さんが口からの食事にこだわってきたことの理由。
それは、「口からの食事は、視覚・嗅覚・味覚を刺激し、脳の働きを活性化し、また、唾液の分泌が促されると、そこに含まれる酵素や抗体が感染症予防や免疫力向上の働きをする」からなのです。
そして「何より食べることは生きる喜びへとつながっていく」といいます。
だからこそ、医療の進歩によって登場した「胃ろう」などの経管栄養が「誤えん性肺炎のリスクが避けられる」として医療や介護の現場で急速に普及しはじめたことに危機感をもつようになったのです。
摂食えん下障害を抱える人たちが口から食べるとき、とくに気をつけなければならないのは「誤えん」であり、食べものが気管を通じて肺に入り込むと、それが命取りになってしまいます。
患者が食べられるような訓練をせず、評価をせず、工夫をせず、目先の処置を優先して安易に胃ろうに頼る医師が増えているといいます。
患者が本当にどうしたいのかに耳を傾けず、やみくもに手術をすすめる股関節痛(変形性股関節症患者)への対処と似ていますね。
そんな小山さんが目指しているのは、
『自分の信念を人からの信頼に変えてゆくことができる人』
わたしは、深圧®を通じて世の中に新しい価値を生み出そうとしてきました。
自分が正しいと思うことをやり通す。
それは、信念以外の何ものでもありません。
そして、その信念も届けたい人たちからの信頼につながらなければ価値は生まれません。
また、番組の中で、どんなに介助支援をしたところで、最後(成否)は本人の意欲による、ということを話されていました。
わたしたちの現場でも同じです。
現場の先生たちからの声を聞いてみても、そもそもの前提として本人が良くなりたいと念じる、必ず良くなると信じる、治すということに対して受け身にならず自ら主体的にかかわろうとする人は、結果的に良くなる人がほとんどです。
人間の「気」がそういう流れを引き起こしているのだとしか思えませんが、自分自身の経験上からもそれは確かだと言えます。
科学的に証明されることではなくても、普遍性や再現性が体験的に実証されていることが重要です。
小山さんによる長年の臨床経験と分析から導き出されたきめ細かな食事介助を通じて、患者たちは食べる力を取り戻していくのですが、「自分だったらどうしてほしいか、自分と患者さんを置き換えたその先に技術が磨かれていく」という言葉にも共感です。
これは医療の現場に限らず、どんなサービスにも通じることですね。
琴線に触れる言葉や生き様
どんな言葉に反応するかは、その人の「いま」との“接点”次第ですが、わたしにとって、この番組を通じて小山さんの“プロ魂”をまざまざと見せつけられると同時に、共感の渦に巻き込まれたような思いでした。
忙殺された日々を過ごしていると、つい妥協してしまうことも少なくありませんが、この小山さんの言葉を思い出し、もっともっと精進していかねばとの思いを新たにした次第です。
2023年5月14日
緑が眩しい新緑の季節!
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